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2014/05/10 忍びの仕事はシフト制? 忍者・忍術学講座「藤堂藩伊賀者の職務について」

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2014年5月10日、伊賀で忍者・忍術学講座「藤堂藩伊賀者の職務について」を受講。

 

講師は甲南大学 東谷先生。

 

 

今回は平和モードと戦モードの伊賀者について学びました。

 

 

戦時の役割

◆1797年寛政9年、伊勢国百姓一揆における情報収集で伊賀から忍びが動き、津や伊賀に情報を伝える。

 

◆藩の軍事動員で伊賀者が動いた。

国境付近の平松、柘植口、加太に配置。

 

 

安政5年(1858)

伊賀者 沢村甚三郎達が神奈川県沖でロシア船の探索。

船の中には大砲、衣類、履物があったとのこと。

※澤村家所蔵文書。

 

船に忍び込む方法としては、「手筋を以って頼む」という形で幕府の役人が手引き。

 

 

当時、日本とロシアの条約締結の話があり、それに向けた情報収集のようです。

 

ロシア船で伊賀者が情報収集したことはトップシークレット!

 

……のはずが後世に伝わっています。

 

情報管理は難しいですね

 

 

「職務は組織の中での行動」

「指示=口頭での指示」

「情報収集=聞き合い」

 

現代にも通じる話です。

 

伊賀者の職務は報告&連絡が必要だということがわかります。

 

 

◆平時の役割

 

伊賀者は藤堂藩に出勤。

何時に誰が担当するのか記録が残っています。

シフト制なんですね(汗)

 

 

「寅暮御切米」という給料を受け取った受領証も残っています。

報酬は……米21俵3斗。

 

現在の価値に当てはめた場合……わかりません(笑)

 

え?

臨時の仕事をした時には特別手当が出たのですか?

 

手当があるのはありがたいですね(^.^)

 

現代忍務にも特別手当は必要ですよー!

 

声を大にして伝えたいと思います(笑)

 

 

◆「伊賀の者と申候えば、この頃も他国ほしがり候風聞」

 

当時、他国からスカウトがあったわけですね(O_O)

 

ほしがり候(そうろう)という言葉の響きが好き(笑)

 

 

今回も興味深く楽しい講座でした。

 

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